コラム
それほんと? ――食品加工の“常識”

国立大学法人岩手大学 農学部
応用生物化学科食品工学研究室
教授 三浦 靖

第4回 肉は煮込むほどに柔らかくなる?

 ビーフシチューやカレー、肉じゃがなど、煮込み料理は人気家庭料理の定番です。煮込めば煮込むほど、肉は柔らかくなる、と信じられていますね。果たして、この常識は「ほんと」でしょうか?

 牛肉や豚肉、鶏肉など、精肉店や食品スーパーマーケットで販売されている食肉は、ウシやブタ、ニワトリの筋肉です。筋肉は横紋筋(骨格筋,心筋など)と平滑筋(消化器官,血管など)に大別されますが、私たちが普段食べている食肉は横紋筋(骨格筋)のほうです。焼き肉やもつ鍋などでは内臓も食べますが、こちらは食品業界では食肉とは分類されていません。因みに、魚も食肉同様、食べているのは横紋筋です。そして、貝やイカ、タコなどの軟体類では私たちが食べているのは平滑筋です

 では、食肉は煮込めば煮込むほど柔らかくなるのか? その答は「微妙」です。骨格筋は多くの筋線維とその隙間に在る結合組織、血管、神経、脂肪組織でできています。大半は筋繊維ですから、肉の硬さは筋繊維の質で決まります。筋繊維の構成を詳しく見ていくと、それぞれの筋繊維は筋原線維が筋肉膜に包まれていて、それが5~150本が束ねられて第1次筋線維束を作り、それがさらに数十本束ねられて第2次筋線維束を形成しています。私たちが目にしている食肉は、第2次筋繊維束ということになります。

 では、煮込む、つまり、加熱すると柔らかくなるのでしょうか? 実は、なりません。筋原線維は加熱すると硬くなります。しかし、一方で、筋繊維束は加熱により束が崩れて、筋繊維にほつれます。煮込んで柔らかくなると感じるのは、筋繊維自体が柔らかくなっているのではなく、ばらばらになっているからなのです。例えば、豚の角煮を噛むと繊維状にほぐれるのは、そのためです。雛祭の定番のちらし寿司を飾る田附をよく見ると繊維状になっているのも同じです。

 確かに、煮込み料理の肉は、煮込めば煮込むほど、筋繊維がばらばらになり、柔らかくなるように感じます。しかし、それは、上等なフィレ肉やサーロインのステーキの柔らかさとは、まったく質が異なります。上等なステーキ肉でも焼き過ぎると硬くなります。美味しいステーキが柔らかいのは、筋繊維がそもそもほぐれやすいからです。

 ですから、煮込み料理の肉が煮込めば煮込むほど「柔らかくなる」と言えるかどうかは、「微妙」なのです。

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