コラム
それほんと? ――食品加工の“常識”

国立大学法人岩手大学 農学部
応用生物化学科食品工学研究室
教授 三浦 靖

第5回 コトコト煮込まないで

 今回はジャム作りの、間違った常識です。

 ご存知の通り、ジャムはイチゴやオレンジなどの果物に砂糖を加えて煮込んで作ります。加熱処理することで素材の水分が蒸発して保存性が高まったり、風味が濃縮されたり、化学反応により特有の風味が生まれたりします。食品中の成分と結合しておらず蒸発したり凍ったりする水分を自由水と言いますが、自由水が多いと微生物が生育しやすく、食品が腐りやすくなります。それを水分活性と言います。つまり、自由水を蒸発させて水分活性を低下させると保存性が高まるのです。砂糖にも水分活性を低下させる働きがあります。

 ジャムはフランス語ではコンフィチュール(confiture)、ドイツ語ではコンフィテューレ(Konfiture)と言います。工業規模では、配合工程、濃縮工程、検査・殺菌工程、充填工程、密封工程、重量検査工程、冷却工程、包装工程という一連の工程を経て製造します。このうち、美味しそうに見える鮮やかな色や風味にとって重要なのは濃縮工程です。減圧加熱濃縮装置を使って、通常は100℃付近の水の沸点を減圧によって60℃程度に低下させて加熱処理されています。

 さて、手作りジャムの作り方です。

 (1)材料を準備
 (2)煮込む(沸騰してから弱火で5分間)
 (3)さらに煮詰めて水分を除く(砂糖を加えて、弱火で5分間)
 (4)放置して粗熱を取る(10~15分間、素材に糖分を浸透させる)
 (5)容器を加熱殺菌(10~15分間)
 (6)仕上げ(強火で3~5分間、殺菌し、粘り気を出す)
 (7)熱いうちに容器に入れる
 (8)容器を密閉
 (9)加熱殺菌した後で冷却する(約90℃で10分間→約50℃で5分間→水で約1時間)
 (10)放置(1昼夜、粘り気を出す)

 これで、出来上がりです。開封後は10℃以下で保存します。未開封であれば常温で約1年間保存できます。

 工場のように減圧加熱濃縮装置がない家庭で、色が鮮やかで、風味のいいジャムを作る秘訣は、高温で短時間の加熱処理です。そこで、(1)の材料を準備するときに、素材を細かく切ったりつぶしたりしておくこと、砂糖をまぶして浸透圧脱水すること、素材を包装せずに冷凍庫で凍結乾燥させることと、水分の多い素材の場合は冷凍庫で凍結濃縮して水分を凍らせて取り除いておくことなどがお勧めです。また、(2)(3)で煮込んだり煮詰めたりする際には、フライパンなどの底が大き目な調理器具を使うこともお勧めです。素材と調理器具の接触面が大きくなって、加熱して水分を蒸発させる時間を短くできるからです。

 おや?と思われましたか? そうなのです。ジャム作りの秘訣は、短時間の加過熱処理なのです。ジャム作りでよく耳にする「じっくり煮詰める」や「コトコト煮詰める」の常識は、鮮やかな色や風味を台無しにしてしまうのです。

 ところで、日本人の甘味の嗜好の変化にともない、加工食品としてのジャムの性質も随分変わりました。

 砂糖の主成分はショ糖です。例えばグラニュー糖は99.9%、上白糖は97.8%、三温糖は96.4%がショ糖です。ショ糖には甘味を加えるだけでなく、水分活性を低下させる働きがあります。砂糖は調味料の名称なので、食品表示では成分名のショ糖を使います。

 さて、ジャムの変遷です。1968年の日本農林規格では、可溶性固形分(糖度)が65%以上であることが規定されており、ショ糖だけを使用した糖度の高いもの程高品位だと評価されていました。

 ところが、高度成長が終わりを告げた頃には、日本人の嗜好が大きく変化していました。甘さ離れです。1970年には、糖度55%程度を基準にした低糖度ジャムが開発・販売され、果実の本来の香味を活かしたジャムに人気が集まりました。

 1988年には、市場動向に対応して日本農林規が改正され、糖度が40%以上のものもジャムとして認められ、糖類も食品衛生法上許可されているものは自由に使用でき、果実にあわせて配合できるようになりました。つまり、品質の基準はショ糖の量から素材の量に変わったのです。低糖度ジャムは、日本人の味覚に対する繊細な嗜好が育てた新タイプであり、日本の市場では家庭用ジャムの約50%を占めています。

 一方、諸外国では、いまだに甘いジャムが主流です。ヨーロッパでは糖度60%以上、アメリカでは65%以上が基準です。低糖度品はフルーツスプレッド(fruits spread)やコンポート(compote)などと表示されて流通していますが、あまり人気はないようです。

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